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大瀬戸簡易裁判所 昭和34年(ろ)30号 判決 1959年10月31日

被告人 山崎多美子

大七・七・三生 日用品雑貨商

楠本クミ

大七・二・一三生 農業

主文

被告人楠本クミを罰金千円に処する。

右罰金を完納できないときは、金二百円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

同被告人に対し公職選挙法第二百五十二条第一項(選挙権、被選挙権の停止)の規定は適用しない。

被告人山崎多美子は無罪。

理由

第一、被告人楠本クミに対する判断

(罪となるべき事実)

被告人楠本クミは昭和三十四年四月三十日施行の西彼杵郡大瀬戸町議会議員選挙に際し立候補した山崎幸次郎の選挙運動者であつたが、同候補に当選を得しめる目的で、

(一)  同月二十二日頃、前同町瀬戸西浜郷三五四番地の右被告人方において、右選挙の選挙人である藤川ミキに対し、右山崎候補のために投票してくれるよう依頼し、その報酬として、素麺五把(時価約百円相当)を供与し、

(二)  更に右供与の際、右藤川に対しこれも同選挙の選挙人である野中ヒサヱに対する右同様の投票依頼及びその報酬としての素麺供与の代行を依頼し、よつて右藤川を介して右同日頃前同町瀬戸西浜郷七四五番地の右野中方において、同人に対し、右(一)と同趣旨のもとに素麺五把(時価前同様)を供与し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

判示(一)(二)の所為につき、 各公職選挙法第二百二十一条第一項第一号。罰金等臨時措置法第二条。(所定刑中何れも罰金刑を選択する。)

併合罪の処理として  刑法第四五条前段、第四八条第二項

以上を適用し所定罰金額の範囲内で右被告人を罰金千円に処し、罰金の換刑処分につき刑法第十八条を適用し主文第二項記載のように定め、なお本件の情状は供与物品が比較的軽少のものであり、犯情もさほど悪質でないことを考慮し、公職選挙法第二百五十二条第三項により同被告人に対しては同条第一項の選挙権、被選挙権の停止の規定を適用しないこととし、なお本件訴訟費用として証人里勇太郎、同野中ヒサヱ、同藤川ミキに支給した日当分は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用し同被告人には負担させないこととする。

第二、被告人山崎多美子に対する無罪の判断

被告人山崎に対する公訴事実は、同被告人は被告人楠本と共謀の上、これと共同して前記第一において楠本が行つたと認定したような供与行為をなした、というのである。

よつて証拠を検討すると、右山崎本人及び被告人楠本共当公廷において強く右共謀関係の存在を否認しているところ、

被告人楠本及び山崎の各司法警察員及び検察官に対する供述調書(右は何れも作成者たる証人里勇太郎、同宮内秀雄の供述によりその供述の任意性は十分と認められる。)を綜合すると次のような事実を認めることができる。

即ち、被告人楠本、同山崎は家が近所であり同年輩でもあることから婦人会関係などでかねてより親しくしていたものであるが、選挙の近づいた昭和三十四年四月中旬頃の某日、被告人楠本が山崎方の日用品雑貨店に買物に来た際、両人間で話が自然と山崎の夫である幸次郎の立候補のことに及び、楠本は右幸次郎を支援する言葉を述べたので、被告人山崎はこれに感謝し、知人等に右幸次郎を推せんする労をとつて貰うためには、お茶菓子位は自分の方から出してもよいと考え、「主人のことをよろしくお願いします。お茶菓子でもなんでもいる時は店からとつておいてくれ。」という趣旨のことを被告人楠本に告げて右幸次郎のための選挙運動を依頼した。

そこで被告人楠本は同月二十一日頃に至り、右のように依頼されているし、自らも山崎幸次郎を当選させたい気持が強くあつたので、自己の友達である藤川ミキ、野中ヒサヱ両名に右幸次郎のための投票依頼をしようと決意したが、そのための報酬としては、右同人等の生活が貧しいことから素麺でもやれば喜んでくれるだろうと考え、山崎の店に素麺をとりに行つたが被告人山崎は不在であつたので、女店員に話して素麺十把を出して貰い、これを持ち帰つた後、その頃五把づつの包に分けて前認定のとおり藤川ミキに対し投票依頼及び該素麺の供与をなしたのであるが、

被告人山崎としては楠本が右素麺を持つて行つたことは後で女店員から聞いて知つたがそれを楠本が投票依頼の謝礼として他人に供与するものとは気が付かず、数日後に楠本と出会つた際その旨打明けられたので初めてこれを知り「お茶菓子程度のもの」と自己の考えていたより以上のことを楠本がやつたので「それはやらなければよかつた」旨をいつて悔んだこと。

以上の事実が認められ、楠本の前記供与行為は被告人山崎の右山崎幸次郎のための運動依頼の事実に基因するものであることは認められるが、被告人山崎が認識していた「お茶菓子程度のもの」と、楠本が現実に供与した素麺とでは、前者はいわば日常応対用程度のものとして供与罪の客体としてはいまだ違法性がうすいと考えられるのに対し、後者はその程度を越えて供与罪の客体としての性質を十分具有することを考慮すれば両者の間には異質的な差異があり、結局被告人楠本は山崎からの依頼の趣旨を誤解しそれ以上のことを自己だけの考えから行つたもので、被告人山崎に右楠本がなした供与行為について、その程度の行為を右楠本の手を通じて行うというまでの犯意はなかつたものと認めるのが相当である。

そして他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

してみると被告人山崎には当該共謀共同正犯の要件としての共同犯行の故意が欠けているのであるから、該犯罪の証明がないことに帰するので、同被告人に対しては刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪の言渡をすべきである。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判官 和田保)

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